企業型確定拠出年金(企業型DC)の相談をいただくと、私はまず目的をうかがいます。社会保険料の負担を下げたいという社長もいれば、福利厚生を充実させたいという社長もいます。
福利厚生と言われたときにお見せしているのが、求人票です。2社を並べて、どちらに応募したいかを見ていただきます。
この記事で分かること
- 月給3,000円の差より、退職金の記載が効く。応募する人は、働きはじめたあとの時間まで想像している
- その一行の裏側は、従業員1名あたり月3,000円。40年で2,500万円を超える計算になる(過去30年の実績 年率11%)
- 採用費は年収の30〜35%。5〜29人の会社では3年以内に52%が辞めている。導入した会社では、例年20名ほどだった離職が10名以下になった
どちらの会社に応募しますか
| 求人票の項目 | A社 | B社 |
|---|---|---|
| 月給 | 303,000円 | 300,000円 |
| 休日・賞与・保険 | 週休2日/みなし残業40時間込み/賞与年2回/社保完備/交通費 | 同じ内容 |
| 退職金・年金 | 記載なし | 企業年金制度あり 勤務40年で2,500万円見込 |
| 研修・支援 | 研修3日間 | 充実した研修体系/キャリア支援/FP提携 |
月給はA社のほうが3,000円高い。それでも、応募する側はB社を選びます。
面接で聞かれるのは、給与の額ではありません
編集部・大谷
月給はA社のほうが高いわけですよね。それでもB社が選ばれる、というのは本当でしょうか。
以西 裕介
月給の差は3,000円、年間で36,000円です。求人票を見比べる人にとって、無視できる額ではありません。
それでもB社が選ばれるのは、応募する人が働きはじめたあとの時間まで想像するからだと思っています。この会社で10年、20年働いたときに何が残るのか。求人票にその答えが書いてあるかどうかで、見え方が変わります。
編集部・大谷
面接で、そういう質問は出ますか。
以西 裕介
よく聞かれるのは、給与の額より「長く働いている人はいますか」です。求人票に退職金の記載があると、その問いに先に答えたことになります。
中小企業と大企業でいちばん差がつくのは、給与の額ではなく福利厚生です。住宅補助、家族手当、企業年金。大企業が持っているものを一度にそろえるのは、どの会社でも無理があります。そのなかで、比較的手軽に入れられるのが企業型DCです。
その一行の裏側
「勤務40年で2,500万円見込」と書くために、会社がいくら出しているか。
従業員1名あたり、月3,000円です。
A社は303,000円を給与として払い、B社は300,000円を給与、3,000円を企業型DCに回しています。会社が負担している額は、どちらも同じ303,000円です。同じ金額の置き場所を変えただけで、求人票に書ける項目が1つ増えています。
月3,000円を40年積み立てると、元本は144万円です。運用に回した場合、年率11%で計算すると2,500万円を超えます。求人票に書いた「2,500万円見込」は、この範囲に収まる金額です。
この金額は、勤めた年数で大きく変わります。同じ月3,000円で、20年・30年・40年を並べるとこうなります。
| 勤続年数 | 会社が出した額 | 受け取る見込 |
|---|---|---|
| 20年 | 72万円 | 250万円 |
| 30年 | 108万円 | 800万円 |
| 40年 | 144万円 | 2,500万円 |
会社が出す額は年数に比例して増えるだけですが、受け取る額は20年と40年で10倍になります。長く働いた人ほど大きく受け取れる仕組みです。
ただし、この金額は運用の結果で変わります。受け取る額が、拠出した額を下回ることもあります。積み立てた資産は、原則60歳まで引き出せません。
年率11%は、MSCIコクサイ・インデックス(配当込み・円ベース)の過去30年の実績です(出典:myINDEX・2026年7月末時点)。月複利で計算し、手数料と税は考慮していません。過去の実績にもとづく計算であり、将来の運用成果を保証するものではありません。この11%のうち年1.27%は円安による押し上げです。
月3,000円は、企業型DCで会社が出せるいちばん小さい額です。この最低額でも、求人票に書ける一行になります。
金額は運用の結果で変わるため、求人票には「見込」と書きます。約束できる金額を書きたい場合は、確定給付企業年金など別の制度になります。
採用費と離職率で見ると
求人票の話は、採用にかかるお金の話でもあります。
1人採用するのにかかる費用は、年収の30〜35%が目安とされています。年収400万円なら約120万円です。
出典:プログレス令和8年4月1日号
そして、小さい会社ほど人が辞めています。
| 従業員規模 | 大卒3年以内離職率 |
|---|---|
| 1,000人以上 | 27.0% |
| 30〜99人 | 41.9% |
| 5〜29人 | 52.0% |
| 5人未満 | 57.5% |
厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況」令和4年3月卒。全体の平均は33.8%です。
導入した会社では、例年20名ほどだった離職が10名以下になりました(飲食業60名)。同じ年、採用費が68万円下がっています。
制度を入れたから辞めなくなった、という単純な話ではありません。求人票に書けるものが増え、入社時と説明会で将来の話をする機会ができ、面談で一人ひとりと話す時間が生まれる。その積み重ねの結果として、数字が動いています。
求人票に書いただけでは、続かない
ここが最後で、一番大事なところです。
制度を入れて求人票に一行足すだけなら、どの会社にもできます。差が出るのは、入れたあとです。
社員説明会で社長が何を話すか。個人面談を就業時間の中に組めるか。この2つで、1年後の姿がまったく違ってきます。実際に、導入したのに1年経っても拠出が伸びていない会社があります。
制度を入れて終わり、という関わり方を私はしていません。導入した会社で採用がうまくいく、人が辞めなくなる、従業員が「この会社でよかった」と思える。そこまで行って、入れた意味が出ます。会社にとってのゴールも、同じところにあるはずです。
くわしくは「導入して効果が出る会社と、出ない会社の違い」に書きました。求人票の一行を本物にするのは、そのあとの運び方です。
自社に入れられるかどうかの判断は「うちの会社は企業型DCを導入すべきか — 4つの判断材料」、費用は「企業型DCの費用は結局いくらか」にまとめています。
よくある質問
求人票に「勤務40年で2,500万円見込」と書いても問題ありませんか。
「見込」と書いていただきます。金額は運用の結果で変わるので、会社が約束できる額ではありません。約束できる金額を書きたい場合は、確定給付企業年金など別の制度になります。
月3,000円より多く出したほうが効果はありますか。
掛ける額が増えれば、受け取る額も増えます。役職で段階をつけることもできます。一般社員3,000円、管理職5,000円、役員10,000円といった形です。
ただし求人票に書けるかどうかという点では、最低額の3,000円でも一行になります。「会社が月3,000円を出すと、全員が加入者になる」に、掛金の決め方を書きました。
途中で辞めた社員の分は、会社に戻りますか。
戻りません。積み上がった資産は本人のもので、辞めても本人が持って出ます。会社に人を縛りつける仕組みではありません。
辞めたあとの手続きは「会社を辞めたとき、企業型DCの資産はどうなるか」に書きました。